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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)9448号 判決

原告 吉岡一太郎 外三名

被告 大黒商産株式会社

主文

1、被告が昭和四三年五月三日にした一株の金額および発行価額を金五〇〇円とする額面株式六、〇〇〇株の新株の発行を無効とする。

2、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、請求原因として次のとおり述べた。

(一)、原告らはいずれも被告会社の株主であつて、原告吉岡一太郎は五〇〇株、同玉井は二〇〇株、同川田および同吉岡文代は各一〇〇株を所有している。

(二)、被告会社は、昭和四三年五月三日、一株の金額および発行価額を金五〇〇円とする額面新株式六、〇〇〇株を発行した。

(三)、しかし、右新株発行は次のとおり無効である。

1、新株を発行するについては、商法二八〇条の三の二により新株発行事項を公告し、またはこれを株主に通知しなければならないのにかかわらず、被告会社はこれをしないで本件新株を発行した。

2、本件新株発行は、昭和四三年四月一五日、取締役安井輝夫、同山下房吉、同山下和子が出席して開催された被告会社の取締役会の決議にもとづきなされたことになつているところ、被告会社は、同日右取締役会の前に開催された株主総会で、右三名を取締役に選任する旨の決議をしたと称しているが、右株主総会が開催されたことはなく、右取締役選任決議は存在しない。仮に、右株主総会が開催され、右取締役選任決義がなされたとしても、被告会社は原告らおよび当時の株主玉井輝雄(二〇〇株を所有)、荒井利雄(一〇〇株を所有)、斉藤篤(一〇〇株を所有)に対し、右株主総会開催の通知をしなかつた。

(四)、よつて、請求の趣旨記載の判決を求める。

二、被告は、「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として、「請求原因(一)(二)の事実は認める。同(三)については、本件新株の発行が無効である旨の主張は争うが、その余の事実は認める。」と述べ、次のとおり主張した。

(一)、原告らは、被告会社が本件新株を発行するに当り商法二八〇条の三の二所定の手続をとらないことを事前に承認した。また、被告会社は、その設立当初から、原告吉岡一太郎が代表取締役であつた当時も、株主総会の開催および決議は法令および定款に定められた適式の方法によることなく、取締役および株主の了解のもとに、適宜必要な議事録等を作成して用を便じてきたもので、原告主張の各取締役の選任についても右と同様の方法がとられ、原告らはこれを事前に承認したものである。したがつて、原告らが、今になつて本件新株発行についての法定の手続の欠缺あるいは取締役選任決議の不存在を主張するのは、禁反言の法理に照らして許されない。

(二)、また、右のような事情があるにもかかわらず、原告らがあえて本訴を提起したのは、次のような原告吉岡一太郎の不当な要求を貫徹するためである。すなわち、原告吉岡一太郎は、昭和四三年五月末頃、被告会社に対し、かねてより同原告が訴外戸田昇から賃借して被告会社に転貸してきた建物について、賃料を増額すること(一ケ月一〇万円を一五万円とする)、新たに敷金として五二〇万円支払うことおよび昭和四〇年一〇月一日被告会社に貸し付けた三〇〇万円について利息一一五万一、〇〇〇円が未払いなのでこれを支払うこと等を求めてきたが、右賃料の増額以外は正当な理由がないので、被告会社はこれに応じなかつた。そこで、原告らは、被告会社が本件新株発行等につき適式の手続をとらなかつたことにつけこみ、被告会社を屈服させて右の不当な要求を貫徹するために本訴を提起したものである。したがつて、原告らの本訴請求は権利の濫用であつて許されない。

三、原告訴訟代理人は、被告の主張に対する答弁として、「被告の主張(一)の事実は争う。同(二)の事実中、原告吉岡一太郎が被告主張の頃被告会社に対しその主張のような要求をしたこと、この要求に対し被告会社が賃料増額の点を除き応じなかつたことは認めるが、その余の事実は争う。右要求は決して不当なものではないし、また本訴の提起はこれと別個の問題であつて、権利の濫用となるべきいわれはない。」と述べた。

四、証拠〈省略〉

理由

一、原告の請求原因(一)(二)の事実ならびに本件新株の発行につき商法二八〇条の三の二所定の新株発行事項の公告および株主に対する通知がなされていないことは当事者間に争いがなく、右公告または通知の欠缺は、新株発行無効の原因となると解するのが相当である。

二、そこで、被告の主張について判断する。

まず、原告らの本訴請求は禁反言の法理に照らして許されない旨の主張について按ずるに、被告は、原告らが本件新株発行について前記条項所定の手続をとらないことを事前に承認したと主張するけれども、本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。よつて、被告の右主張は採用できない。

次に、権利濫用の主張について按ずるに、被告は、原告らが本件新株発行につき前記条項所定の手続をとらないことを事前に承認しながら、原告吉岡一太郎の不当な要求を貫徹するために本訴を提起したと主張するけれども、原告らが右の承認をしたとの点は前記のとおり本件全証拠によるもこれを認めるに足りず、原告吉岡一太郎が被告会社に対し被告主張のような要求をしたことは当事者間に争いがないが、右要求が不当なものであることおよび原告らが右要求を貫徹するために本訴を提起したとの点は、これを認めるに足りる的確な証拠がないばかりでなく、原告らの本件訴えは、いわゆる株主の共益権にもとづくものと解されるから、仮に被告主張のような事情があるとしても、そのことから直ちに原告らが本件新株発行の無効を訴求することができないと断ずるのは相当でない。よつて、被告の右主張も採用できない。

三、よつて、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 安岡満彦 丸尾武良 根本真)

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